[母乳小説]
〜こちら葛飾区亀有公園前〜
| 著作/松谷徳盛 |
第一話・『復活・麗子ドール!の巻き』
| それは昼下がりの喉かな午後のことであった。 窓辺から陽光が照りつけ春先の派出所内の空気を暖める実に気持ちのいいひと時。 毎度の事ながら、派出所の一角を陣取るデスクでは昼食後のプラモ作りに精を出す両津勘吉巡の姿があった。どうやら机上の戦車のプラモデルが完成に差し掛かってきたらしく暖かな空気に入りまじった接着剤やシンナーの独特な香りなど気にもかけぬ様子で力作をためつすがめつしている。 腕を組んで力作の完成に今ひとつ満足できぬしかめ面でプラモを眺める両津の前にコーヒーを満たした湯飲みが置かれた。 「ハイ、コーヒー」 「おお、サンキュ」 「もう、両ちゃんたら部長さんに見つかったら叱られるわよ」 無心にプラモ鑑賞を続けようとする両津の角刈りアタマに言葉が投げつけられた。どことなく悪戯っ子をたしなめるお姉さんのようなハスキーボイスの持ち主に両津は肩眉を持ち上げ視線を上げる。 トレーを胸元に派出所紅一点の秋本麗子がそこにいた。 韓紅の制服に身を包んだ金髪のロングヘアに綺麗な双眉をたしなめるように吊り上げている。 「ふふん、甘いな麗子。部長は今日、本庁の重要な会議で午後はずっと外だよ」 両津はあごを撫でながら余裕の笑みを浮かべるとコーヒー入りの湯飲みを傾けた。 「なんだまたミルク入りか」 「別にいいでしょ」 両津のお子様のような味覚に合わせてか最近の麗子はいつも砂糖とミルクを入れてくれる。豆の種類にあまり気には留めない両津であったが麗子のいれてくれるミルク入りのコーヒーだけは密かなお気に入りだった。どこのコンビニや自販機も売っていないコーヒーの酸味を柔らげたミルクとのブレンド具合が絶妙な舌触りを残してくれるのだ。 (きっと庶民がおいそれ口にできないような豆をつかってるんだろうな。料理の腕前もプロ顔負けだし) そんな事を考えながらもすぐに力作の鑑賞に没頭しはじめる。 「もう」 もはや地元でも名物となっている両津の日ごろの行状をいまさら叱りつける人間はこの派出所では上司の大原部長をおいて他に存在しない。そんな公然ともなった日常に毎度のごとく麗子はため息をつくと足元に目をやった。 昼食に頼んだカツどんの丼が雑然とおかれている。 「両ちゃん、お丼は食べ終わった後はちゃんと洗わないとダメでしょう」 世話の焼ける子供をしつけるように言うと麗子はそっとかがみ込んだ。 その拍子に栗色の美髪が日の光に艶やかに流れ、プラモの鑑賞に浸っていた両津の視線をさえぎった。 肩口に流れ落ちたロングへアを僅かにゆらし食べ散らかされた盆の上の丼や箸を手際よくまとめる麗子に一言、礼をいおうとしたときだった。細い首もとから華奢な両肩に流れ落ちるロングヘアの傍で重たげに揺れる二つの隆起に目が留まった。 制服越しにボリュームのある胸が覗ける胸元の合わせ目に深々と刻み付けられた谷間が両津の視線を釘付けにする。吸い寄せられるような深い谷間は寄せ合うように密着した乳房の曲線を優美に、それでいて肉感的に描いている。 突き出た胸のふくらみを斜め上から覗きみた角度は日ごろ目にするものとは違った雰囲気でその大きさを訴えかけてくるようだった。 さらにかがみこむ事により形良くそろえられた太腿がミニスカートから惜しげもなく露となった。 動きやすさを理由に履いているミニスカートだけあって多少の露出にも慣れている素振りだがストッキング越しにも容易にわかる白人特有の光沢のある白い肌にくわえ、膝を折る事によってさらに張り詰めた太ももにはしなやかさと柔らかさをあわせた言いようのない女のにおいを放っているようだった。 さらに膝元から細い胴に挟み込まれるように存在する胸元の豊満なふくらみが僅かに露出した谷間を時おり妖しくたゆませるのだ。 (こいつも黙っていれば本当にいい女なんだがな…) 思わず無防備に晒された麗子の肢体につい見入ってしまう。 これまで幾度となくきわどい水着姿やコスプレ衣装を目にしてきたのでもはや見慣れたものと思っていた両津であったが、こういう無防備な瞬間に視覚へ訴えかける極上のプロポーションはしみじみと同僚の女ぶりを再確認させられるのだ。 「ん?」 「どうしたの?」 「いや、なんでもない。あと、こいつも頼む」 空になった湯飲みを差し出すと両津は再びプラモ鑑賞に再び精を出した。 「もう。変な両ちゃん!」 丼と湯のみをトレーに載せ終えて洗い場に去る麗子をわき目に見送りると、両津は鷲鼻をひくつかせた。 (おかしいな。いま何かムッとこう…ミルクのような甘い香りがしたぞ?) これもまた庶民が嗅ぎなれぬフレグランスの香りかと結論をだし、次に何を作ろうかと思案をしていると出入り口に見慣れた人影が顔を出した。 「やぁ、両さん」 「おう山田、どうした?」 山田と呼ばれた口ひげを蓄えた細面の男は両津とは長年のプラモデル同好の氏であり、プラモデル雑誌の広告のみで存在するオリジナルガレージキットの販売店"両津ミリタリー堂"のマネージャーでもある。 「そういえば、何か面白いものが手に入ったっていってたけど何だ?」 机の上の戦車もそっちのけで身を乗り出す両津に山田は少し困惑した表情を浮かべる。 「それなんだけど両さん、ちょっと来てくれないかな。ちょっと相談したいプランもあるんだ」 趣味が絡むと好奇心も旺盛になる両津はさっそく腰を上げると洗い場に消えた麗子の気配をうかがった。 「麗子、ちょっと出かけてくるぞ」 仕事をよそおった声音で一声かけると奥から麗子が顔だけ出した。 「両ちゃん、また遊びにいくんでしょ!」 「仕事だ仕事!」 凛と通る声で呼び止める間もなく両津は戸惑う山田の肩を押しやりながら派出所をあとにした。 両津が風来坊のようにさった後、派出所に一人残された麗子は溜息をついた。 顔だけ出した状態でしばらく誰も来ないことを確認するとそっと白く細い首を引っ込める。首元から襟元にかけて露出する胸元に視線を落とすと、心なしか白い肌が高潮して見える谷間にからほのかに汗に入り混じった甘い香りがわきたった。 「さて…」 人知れず呟くと麗子は胸元のボタンに手をかけた。 山田がオーナーを勤める"山田造形研究所"の看板を冠したプラモデルショップに着くと両津は山田から話題に出た"面白いモノ"を披露された。 「これだよ、両さん」 投げ渡されたソフトボールほどの肌色の玉を掴みとると両津は出された缶コーヒーをすすりながら検分する。 「おぉ、シリコンか」 握り締めると独特の弾力に富んだ樹脂を感触が両津の手に広がった。 「こうして触るのは初めてだな」 「両さんコレがどう使われているかはしってるよね」 違和感なく手にしたモノをいいあてた両津の反応から山田が言葉を選ぶように伺う。 「詳しくは知らないが美少女フィギュアの胸とか尻のパーツに使われるんだよな。胸や尻の一部分にだけシリコンを封入して利用するというのは聞いたことある。確か、コイツはえらいコストがかかるものだから身体の一部分だけしか使用されないらしいが」 プラモの醍醐味はリアリティを追い求めることにあるが美少女フィギュアも共通の美学がある事くらい両津もしっていた。 女性の理想を象ったフィギュアの場合となると追い求められるものは質感である。造形技術が発展して、純粋に見た目から表現される美少女の体の曲線が描く柔らかさには目を見張るものがある。 しかし直に触ってしまえばその質感は硬い彫刻そのものだった。そこで取り入れられたのが医療用シリコンを用いた造形技術であった。見た目も柔らかく、しかも触り心地も柔らかい。 「豊胸手術で使われるくらいだからな。胸なんかの感触は似たようなもんだろうな」 博識な両津の言葉に山田は悪戯っ子のように目を輝かせて声を潜ませた。 「これは今出回っているシリコンとはちょっと違うんだ。あるルートから手に入れたものなんだけれど、従来のシリコンと比べてとんでもなく安いコストで作れる代物なんだよ」 「ほほう…」 山田の言葉に両津はあらかたの意図を汲み取るとニヤリとした。 「なるほど、これで全身フルシリコンの萌え系美少女フィギュアを作ろうというわけか」 まるで悪代官のような笑みを浮かべる両津に共謀する越後屋のような笑みを浮かべる山田。 「そうそう。意外と多いんだよ、全身柔らかい感触の美少女フィギュアを求めているコアなマニアが!」 「しかしな…」 笑みも崩さぬままに両津は頭を回転させると速くも行きついた問題に角刈りの頭を掻いた。 「どちらかというとワシにとって美少女フィギュアは門外漢だからな。左近寺や本多あたりにプロデュースさせたほうがいいだろうな。あと・・・佃島の爺さんも入れるかしないと売れるフィギュアは作れないぞ」 「その事なんだけどさ、両さん」 ふいに山田が神妙な面持ちで切り出した。 「なんだよ」 「一押しで絶対に売れるフィギュアのモデル候補がいるんだけど…しかも両さんじゃないとできない…」 「ほう誰だよ?」 器用に缶コーヒーを咥えながら中身をすする両津に山田はそっと耳打ちした。 「両さんとこの秋本麗子さんだよ」 思わずコーヒーを噴出し両津は咽びこんだ。 「ばっ、馬鹿なことをいうんじゃない!!」 「でも、再販問い合わせがかなりあるんだよ!」 「しかしだな!!」 かつて等身大の麗子のフィギュアを本人に無断で作り売りした時の悪夢を両津は思い出した。 あの麗子の美貌とグラマラスな肢体を再現するにあたり、ディティールにこだわるプラモマニアの間で名高い原型師"両津"に白羽の矢がたったのは確かに面目躍如だった。リアリティを追求するあまり麗子に一服もって眠らせて服を脱がせ採寸しただけあって、その出来栄えの評価は生産中止となった今でもかなり高い。 その上、両津の画策で度々メディアに露出することもある美人婦警の麗子はその後もファンを増やしている。根強い再販希望があってもおかしくはないことだった。 そして麗子ドールの売れ行きぶり以上に両津のアタマに焼きついているのは事の真相を知って怒り狂った麗子が放った懇親の一撃だった。 "麗子パンチ"という凡庸な名前とは裏腹に頑健な体の持ち主にして数々の荒事も体当たりしてきた両津にとってあの一撃は人生で体験した五本指に入る威力だった。 その上、当分のあいだは口も聞いてもらえずにちくちくといぢわるもされたりもした。 いよいよ、女を怒らすと怖いなと男がもたらす恐怖とは違う薄ら寒さを感じ始めたころに中川の仲裁で元の鞘に納まった苦労を昨日のことのように思い出す。 以来、金儲けに麗子がらみとなるとどうしても両津の思考は滞り気味になる。 「どうだい、両さん。また原型師"両津"のブランドで作ってみないかい?」 「じゃあ図面は前のでよかろう。ワシは知らん。じゃあな」 我関せずといわんばかりに足早に立ち去ろうとする両津を山田があわてて追いすがる。 「ちょっと待ってよ両さん!」 「なんだよ!?」 「前の図面も使うけれど今回、再現してもらいのはオッパイの感触や形そのものなんだよ!」 「バ、バカモン、今度こそ殺されてしまうぞっ!そんなもんどうやってサンプリングする気だ!?」 「ま、また実物から確認して…」 「ふざけるな!!」 想像に余りある要求にさすがにたじろく両津であったが山田の一言が萎えきっていた欲望を取り戻させた。 「でも、一体につき五百万円でも買うって声が殺到してるんだよ」 「五百万?」 ピクッと両津の悪知恵をつかさどる部分の脳細胞に刺激が走る。毎度ながらソレは良くも悪くも常識に束縛されない両津の天衣無縫な行動を駆り立てる部分であり、長年の模型友達の山田にはその反応をたやすく見て取れるものだった。 「全員、金持ちのマニアなんだけど道楽にだけは金とプライドをかけているから秘密は厳守するってさ」 「…何人くらいだ」 ずいと顔を近づける両津に今度は山田がたじろいだ。 「五十人くらいだけど…」 「二億五千万円か…」 先ほどまでの動揺が鳴りを潜め、目先の利益に両津の脳みそがフル回転し始める瞬間であった。 束の間の逡巡、両津は結論に達した。 「まぁ、そこまでいうのなら…また採寸するのも悪くないかな、ハ、ハハハ…」 自分をごまかすように頭をかいて笑う両津に山田が念を押す。 「じゃあ両さん、やってくれるのかい?」 「ん、まぁそうだな。そこまでの要望があるのなら応えねばなるまい」 山田の念押しに腹をくくり始めながらも両津は今朝の麗子の姿を思い出した。かがんだ時に襟ぐりから覗けた胸元や洗い場に消える後姿。そのありふれた彼女の姿に両津は常人では見出せぬ変化を感じ取っているのであった。 (たしかに最近、体格も変わったような気もするしな) |
| <続く> |
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